尾瀬小屋の春と夏

ストーリー

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本州最大の高層湿原・尾瀬ヶ原、そして日本百名山の燧ケ岳と至仏山を一望できる尾瀬小屋。
四季折々で移り変わる風景に加え、尾瀬小屋がもてなす「尾瀬小屋グルメ」が多くの登山客を魅了しています。

そんな尾瀬小屋とTeton Bros.との出会いのきっかけは2023年の尾瀬小屋雪下ろし。
その後、尾瀬小屋のスタッフの皆さんにユニフォームとしてTeton Bros.のウエアを着用していただくなど関係を深めています。

今回、尾瀬小屋の4代目のご主人である工藤友弘さんに尾瀬小屋について文章を紡いでいただきました。


雪解けの池塘に浮かぶ雄大な至仏山や燧ヶ岳。900種類を超える植物が山や湿原を彩る春夏の尾瀬。
多くの山岳写真を撮ってきた私にとっても、これほど多くの表情を見せる山域は他に類を見ない。

花が咲き乱れる5月から7月までに入山者が集中するのも尾瀬の特徴で、シーズンの幕開けと共に始まる山小屋の繁忙期は、文字通り戦いである。美しい自然や景色を楽しむ余裕すらないのが山小屋側の本音だが、尾瀬の自然に心を奪われながら、小屋を訪れた人との以心伝心みたいなものがとても心地よい季節だ。

山小屋の仕事はいわゆる宿泊業だが、登山者の安全管理に必要な登山道整備や、営業に必要な物資輸送なども加わる。そのうえ残雪期の登山者の道迷いや、転倒による負傷者救助なども日常的に発生することから、春夏は特に忙しい。今でこそたり前にこなせるが、山小屋を引き継いだ当初はこんなにも大変なものかと嘆いたことが思い出される。

利用者目線で捉えれば、ここ尾瀬は日本を代表する国立公園である。日常から離れた自然の中での生活は誰もが憧れを抱くのは当然で、「こんなところで暮らせていいね」「ずっと住んでいたい」といった声をたくさん耳にする。私も“そっち側”なら同じ感覚だったに違いない。
だが、何をするにも必ず片道10kmの徒歩移動と、麓までの片道12kmの車移動がワンセット。ふらりと買い物にも行けないし、病院や銀行だってない。そうした不便が当たり前の生活になるまで、自分に言い聞かせるときもあった。

とはいえ、人間なんて無いものねだりで、都会で買えば一本100円はするペットボトルの水も、尾瀬では燧ヶ岳の伏流水が飲み放題だ。その水で沸かした風呂にも入れるし、歩荷さんやヘリコプターの物資輸送により、食材などは買いに行かなくても必ず届く環境にある。

目覚めれば数分で、燧ヶ岳、至仏山、尾瀬ヶ原の神秘的な朝霧やご来光を見ることができる。この絶景を目の前にして料理を堪能できる環境は、何物にも代えがたい贅沢だ。テレビやインターネット、家具家電などの快適さや娯楽さえ求めずに、目の前の自然にだけフォーカスできれば、尾瀬はまさに天上の楽園といえるだろう。

尾瀬に行く目的やルートも人それぞれだ。

花、登山、食事、絵、写真、テント泊など、楽しみ方にはキリがない。他の山域であれば、その山に見合った技術や体力を持つ者たちがほとんどだが、ここでは2000m峰の山頂を目指す登山者と湿原を散策するハイカーが混在し、3歳から90歳までの老若男女が訪れる。これも尾瀬ならではの光景だろう。目的は違えど、小屋にたどり着いた人たちの顔は達成感であふれ、その笑顔を見るのが私の一番の喜びでもある。

尾瀬に対して、誰しもいくつもの関心を抱いていると思う。その一つの理由として、この先も「山小屋」の存在があってほしいと私は考えている。入山者や登山者数の減少などが叫ばれる中で、山小屋に宿泊することでしか味わえないもの、すなわち、朝・夕焼け、星空、ホタル、グルメ、ナイトタイムなどの魅力は失せることはない。これらを一度でも経験したら、日帰り山行はもったいないと思えてくるほどの価値がある。魅力的な山小屋とは何か。求められている山小屋とは何かを、私は常に模索している。

Teton Bros.もまた、私たちのような山小屋に寄り添い、独自のブランド力で尾瀬の魅力発信に貢献してくれている。
尾瀬を想う人たちの象徴とも言える行動力で、「尾瀬」「檜枝岐村」というフィールドを愛して止まず、そのフィールドのためならと、今ではグリーンシーズンの尾瀬まで盛り立ててくれている。
内外の力が結集された尾瀬なんて、楽しくないはずがない。

私は今日も思いを馳せながら、木道をゆく登山者を眺めている。

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